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2012
05.11

笠置峠古墳:西予市宇和町

Category: 観光・施設

笠置峠付近の山頂にある 「笠置峠古墳」 にJR岩城駅付近の県道交差点から案内板に沿って自家用車で行ったので紹介します。
 笠置峠は西予市宇和町と八幡浜市の境に位置し、自動車道が出来るまでの宇和町と八幡浜市との交通は、宇和町岩木と八幡浜市釜倉を山越えで結ぶ笠置峠街道が主要道で、宇和町で開業した保内町出身の医師二宮啓作を頼って来たシーボルトの娘のイネや佐賀の乱で破れ土佐に逃げた江藤新平、九州方面からの四国遍路に来る人々などが多くの人が通った地域の重要な街道です。
 西予市内には数多くの遺跡が残っており、宇和盆地が古代南予の政治・文化の中心的役割を果たしていました。この笠置峠付近の山頂に笠置峠古墳が発見され、立地や墳丘出土の土師器から古墳時代前期の宇和町内でも最古の古墳で、4世紀前半頃に築造された西南四国最古の前方後円墳宇和盆地一帯を治めた首長の墓であることが判明しました。
 前方後円墳は一般に平面形が鍵穴形をしているとされいますが笠置峠古墳は「しゃもじ形」をしており、前方後円形を呈するとともに特異な「しゃもじ形」を呈することは非常に重要なことです。
 古墳
は東西に長く全長約45m、後円部径26m、高さ45.6mの前方後円墳で、墳丘の斜面には地元産の石を用いた葺石が葺かれ、後円部の墳頂部には竪穴式石室と呼ばれる埋葬主体部が作られています。この竪穴式石室は南予では初めて発見され、東西に軸を持つ長さ4.6m、幅0.70.9mの石槨で、遺体は残っていなかったが東側が西側に比べやや幅広となることから東側が頭の向けられた方向であると考えられます。床には木棺を乗せる為の粘土棺床と棺を安定させるための棺台石が四ヵ所に存在することも確認され、特に棺台石はあまり例のない珍しいものです。
 また、石槨は盗掘を受けていましたが、副葬品と思われる鉄製品や、石槨上に置かれたと思われる土器や土製品が出土し、土器や土製品の存在から、飲食を伴うマツリが行われたと考えられます。古墳は亡くなった人を葬る場所だけではなく、後に残る人々がマツリを通して政治的な力の継承を示す場所でもあったと思われます。
 池の横から山道に入る。     笠置峠付近。
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 この古墳は、標高約412mの高所に築かれているので眺望がよく、宇和盆地のみならず、佐田岬半島や宇和海、時に九州や瀬戸内海(伊予灘)などを望むことができます。平成208月に整備工事が完成し、平成209月から一般公開を行っています。また古墳の周囲は地元住民により里山づくりが進められており、
宇和盆地からも北西の稜線上に古墳の姿を見ることができます。
 宇和町方向           佐田岬、九州方向
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八幡浜市ゴミ焼却場方向。  双岩の市長・副市長の家や中学校が見える。
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 また、笠置峠古墳や周辺では、地元住民が中心となった笠置文化保存会の皆様による下刈り、間伐、植樹、チガヤ等の移植などのほか、笠置街道の清掃や手作り誘導表示の設置などが行われています。
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 なお、街道の保存・整備に取り組んでいる八幡浜市釜倉の有志で作る「笠置峠古道を守る会(井上和浩代表)」はこのたび観光看板2基設置し、今後とも同街道のPRや整備を行うことにしています。楽しみですね。

笠置0017

 この文面は西予市のホームページ等を参考にさせていただきました。
 あなたも
古墳の上に立ち、古墳時代の人々の暮らしや各地と交流する姿に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
 なお、付近にはワラビやタラの芽が多くさっそく我家のおかずになりました。
by 「ひとりしずか」 でした。


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