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2012
11.02

菊池一族おこもり 筒描染 地細工紺屋若松旗店

平成2410月中旬、愛媛県西予市三瓶町和泉地内の山頂付近の祠で新しい幟を立てて「おこもり」が行われました。

 これは和泉の菊池一族の行事とのことで、和泉の菊池家本家の菊池治功さんに聞くと、「菊池一族は、肥後国(現在の熊本県菊池市)にいて平安時代から室町時代にかけて九州で活躍し大宰府の府官に就くなど有力な一族であったが、源平の争乱期に平家に対し挙兵後平家の大軍に攻められ屈服し、壇の浦の合戦後平家と運命をともにしてその後一族は徐々に各地に分散した。その一部がこの和泉地区におともを連れて移り住んだ。それで和泉地域の「菊池一族」が昔から春と秋にこの祠で『おこもり』を行っている。」とのことでした。

 このことを知ったのは、愛媛県八幡浜市内で文政5(1822)創業の地細工紺屋若松旗店を訪ねた時に、江戸時代から続く「筒描染」の技法を用いて神社幟を作っていたので注文された和泉の菊池治功さんを教えてもらって菊池さんに「おこもり」の撮影をお願いすると快く了解していただきました。

この「筒描染」の技法を使った染物は、「筒描染製品」として愛媛県伝統的特産品に指定されているものです。

 

○「おこもり」の状況

今年新調した幟。「若宮神社」と「大元神社」と2枚。

     和泉01        和泉02

山頂付近の菊池家の祠で菊池一族が集まって「おこもり」が行われた。

     和泉03        和泉04

祠にも幕を掛ける。

和泉05   和泉06

明治26年に作った幕。           絵柄は菊池一族の紋とのこと。

     和泉07        和泉08

○ 若松旗店での作業状況

一度洗って乾燥させた布に桐から作った炭でバランスを考慮しながら大まかな下書きをする。

和泉09 和泉10
和泉11 和泉12

下絵出し。水に濡れれば消える下絵紅で文字の輪郭を描く。

和泉13 和泉14

毛筆で書いた場合のかすれ(白色)を考慮してかすれ部分の縁を描く。

和泉15 和泉16  

紋は、線の部分を針で穴を開けた和紙を布の上において桐炭の粉を包んだ布袋でなぜると下に炭が付く。

和泉17 和泉18  

下に置いた布に炭が付いた。 布をケタに掛ける。

和泉19 和泉20  
布をケタの釘ひとつひとつに引っ掛ける。伸子(しんし)を布の両耳に差し込んでピンと張る。

和泉21 和泉22  

糊つくり。もち米の粉、型糠、石灰、塩を熱湯で練り込む。季節で塩を加減。糊筒に入れる。

和泉23 和泉24  

細かなところは小さい口金を使って糊を置き、字の外側等は大きい口金で幅広く糊を置く。

和泉25 和泉26  

これが「筒描き」の手法。微妙なちから加減が必要で技術の取得には長い経験が必要。

和泉27 和泉28  

気泡をつぶして糊で埋める。 文字の中の白色部分を塗りつぶす。

和泉29 和泉30  

米糠かけ。糊が乾かないうちによく炒った米糠をかける。余分な糠はシュロの箒で払い落とす。

和泉31 和泉32  

裏水引き。ふのりを煮て溶かした液を裏側に塗って糊を裏側まで浸透させる。 乾燥。

和泉33 和泉34  

染色。文字は黒色であるが若松旗店では深い映える黒色にするため2種類の染料を塗る。最初の液体。

和泉35 和泉36  

透明に近い色からネズミ色にそして緑色に変化していく。見ていて不思議である。

和泉37 和泉38
和泉39 和泉40   

そして最後は濃い緑色に変化する。

和泉41 和泉42  

赤色部分。色が映えるよう黄色っぽい染料を下引きする。おがくずをかけて水分を取る。

和泉43 和泉44  

かけたおがくずを払い落とす。上引き染料(透明)を塗ると赤色に変化する。この染料は現在手に入らない。

和泉45 和泉46  

色がはっきりするよう裏側も上引きする。おがくずをかけて水分を取る。

和泉47 和泉48  

文字。深い黒色にするため2度目に黄色っぽい染料を塗ると深みのある黒色に変化する。

和泉49 和泉50  

  乾燥。

和泉51 和泉52  

水洗い。布の米糠と糊を洗い落とす。1枚につき夏場で約6時間かかる。冬はもっと長くかかり水は冷たい。

和泉53 和泉54  

乾燥。

和泉55 和泉56  

木やロープに通すための「ちち」を縫い付ける。

和泉57 和泉58  

完成。左が今回。        右が明治37年製。

和泉59 和泉60
和泉61 和泉62   


 
今回の三瓶町和泉の菊池一族は今でも「おこもり」を続けている。和泉の菊池一族が九州から移り住んで、勝手な推測だが600年くらい経つのだろうか。その間「おこもり」はずっと続けられてきたのであろう。祠のそばに生えていた榊の木が大木になっていたのが時代の経過を感じられる。

今回、神社幟を作った若松旗店も江戸後期の文政5(1822)創業から190年経つが、当時の手法のまま「筒描染」で幟を作り続けており、ともに歴史を感じるものである。

5代目の若松智氏によると、明治37年製のこの幟は、はっきりはしないが当時の旗屋の状況から多分若松旗店の2代目か3代目が作ったのではないだろうかとのことであった。

若松旗店では、染料にもこだわっており、最近は樹脂入りや顔料のあでやかな何十種類の多色の染料があるが、伝統の和の色合いと風合いを守るため昔ながらの色の種類の少ない染料を使い続けており、五月幟や大漁旗など色をたくさん使う場合は染料を調合して希望する色を作っている。しかし、調合した染料は、塗ったときと乾いたとき、また洗った後では色が変わるが、ベストの色合いの染料を調合する技術を長年の経験から取得している。

菊池一族の「おこもり」と若松旗店の「筒描染」、あらためてともに歴史を感じるものであった。

秋祭りが続く中、幟にもいろいろなストーリーがあることを考えてゆっくり見てはいかがでしょうか。

 

 by 「ひとりしずか」 でした。


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