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2013
01.07

新年の八幡神社:八幡浜市

Category: 観光・施設

八幡浜市の中心にある 八幡神社 (はちまんじんじゃ) 14()の朝、出勤途中に寄ってみた。

この神社は、「八幡浜市」の市名の由来のところであり、市内で一番大きな神社で正月には毎年大勢の参拝者が訪れる。

14日は、早朝から会社関係と思われる人達が今年一年の 健康、安全、商売繁盛等(勝手に推測)お祓いを受けていた。朝早くからご苦労様です。今年一年きっといいことがあるでしょう。

また、この神社幕は、年末に地元の「地細工紺屋若松旗店」が江戸時代後期創業から当時の手法である「筒描染」で作ったもの。長さが26メートルほどあって作るのに大変だったとのことです。

八幡00 八幡01
八幡02 八幡03
八幡04 八幡05
八幡06 八幡07 
 

愛媛県神社庁の資料によると八幡神社の主祭神は、湍津媛命(たきつひめのみこと)、大帯媛命(おおたらしひめのみこと)、市杵島媛命(いちきしまひめのみこと)、誉田天皇(ほむだのすめらみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)だそうだが私には ?。

この建物は、八幡浜市誌によると治暦3年(1067)に伊予守「源頼義(義家の父)」が河野氏に命じて社殿を再建、戦国時代には萩森城主「宇都宮房綱」が社殿を造営し歳費を寄進。「宇和旧記」には元和7年(1621)と寛文11年(1671)に、「社誌」には文政6年(1823)から7年にかけて社殿を造営した記録が残っている。その後、大正6年(1917)には「御鎮座1200年式年大祭」、昭和42(1967)には「御鎮座1250年式年大祭」を行い社殿や境内を整備したが、昭和53123日、放火により社殿が全焼し、昭和59年に再建したものである。

また、「八幡浜」という地名は、「八幡大紳の鎮座する海浜の聚落」の意味で、当神杜の御鎮座と関係が深い。神功皇后の三韓征伐の際に皇妹豊媛命が当地において軍旅を整えたと云われ、この由縁の地に八幡大神の神霊が降臨したと伝えられている。

養老元年(717)に矢野郷33ヶ村(八幡浜市、西字和郡全域、大洲市のうち野田、平地を含む)の総鎮守として八幡大神を奉斎したのが創祀で、大分の宇佐神宮はこの八幡神社からご奉遷したと伝えられている。当八幡紳杜の境内一帯は矢野神山と称し、古くより紅楓麋鹿の名勝として知られ、萬葉集にも柿本人麻呂の歌「妻ごもる矢野の神山露霜に匂ひそめたり散らま惜しくも」を始め、歴代の勅撰和歌集に数多くの名歌を載せられている。

八幡浜の地名は旧記に「八幡大神立たせけるにより、八幡浜と名づく」とあり、養老年間(717723)からその名が伝えられ、明治22年(1889)八幡浜町が誕生するまでは八幡浜浦と称されていた。その後、昭和5年矢野崎村と合併、昭和10年千丈村、舌田村、神山町と合併して八幡浜市となり、昭和30年西宇和郡双岩村の一部、及び日土村、真穴村、川上村を編入、平成17328日 保内町と合併して現在に至っています。

 このほか八幡神社には歴史的な史跡がたくさんあります。一度ゆっくりおいでください。
八幡08

 

 

by 「ひとりしずか」でした。


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コメント
はじめまして、突然失礼します。

私は山口県に住むものです。

私にとっての今年の吉方位にある神社を地図でさがしたところ、ここにたどり着きました。由緒ある神社のようですので、是非とも吉月に参詣したいと思います。

詳しい情報をありがとうございました。
こんぶdot 2015.02.03 23:44 | 編集
こんぶさん コメントありがとうございます。

是非、八幡浜にお越しください。
赤ヘルdot 2015.02.11 23:18 | 編集
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