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2013
07.17

文化交流ヴィラ高橋邸

Category: 観光・施設

愛媛県内子町の国道56号沿いのスーパーと伊予銀行内子支店の中間に「文化交流ヴィラ高橋邸」がある。


 国道56号スーパー手前のパチンコ店横か知清橋交差点から侵入。
高橋邸01 高橋邸02 
 知清橋交差点から入って右折   すぐに左折                
高橋邸03 高橋邸04
 伊予銀行からは松山方向に走ってすぐ右折
高橋邸05 高橋邸06
 高橋邸
高橋邸07 高橋邸08
高橋邸09 高橋邸10

 「高橋邸」は、内子聖人と呼ばれる高橋吉衡翁と、その息子高橋龍太郎翁(元大日本麦酒株式会社社長・通産大臣)の生家。平成
511月に高橋龍太郎翁の長男故高橋吉隆氏(元アサヒビール株式会社会長)の御遺族によって寄贈され、先人の意思を伝え続ける文化交流の場として活用され女性グループ風雅によって運営されている。  
 江戸時代に建てられたとされる母屋には、大日本麦酒株式会社の流れをくむアサヒビール株式会社より寄贈された写真やパネル、そして龍太郎翁がビール醸造研究のためにドイツに留学していた際に蒐集したジョッキが多数展示されています。

高橋邸11 高橋邸12 
高橋邸34  高橋邸13

 高橋龍太郎は、内子町で生まれ大阪麦酒(後の大日本麦酒
(現アサヒビール・サッポロホールディングス))に入り、6年間ドイツに留学して醸造技術を学び、帰国後は製造責任者としてビール造りに携わる。後に大日本麦酒㈱社長となりビールを日本の大衆文化に成長させた。

敗戦後、過度経済力集中排除法により、二社に分割(現アサヒビール・サッポロホールディングス)され相談役となった。
高橋邸14    高橋邸15
   高橋邸16    高橋邸17

 またプロ野球への造詣も深く、戦後には、パリーグが7球団あった時に3年間「高橋ユニオンズ(1955年だけトンボユニオンズ)オーナーとなり、パリーグ8球団体制とした。
 高橋ユニオンズには、巨人時代に年間42勝をあげたスタルヒン投手が1955年に日本球界初の300勝を達成。また1956年には、のちに『プロ野球ニュース』のキャスターとして有名になる佐々木信也が入団。新人でありながら全試合(当時は154試合)全イニング出場、リーグ最多安打、ベストナイン受賞と活躍した。

 ここには、高橋家ゆかりの人たちより寄贈された愛用のパイプやオーナーを務めたプロ野球チーム「高橋ユニオンズ」のユニフォームなど、多岐にわたり展示してあります。

また第3日本サッカー協会会長1947年~1954年)に就任、2005年には第1回日本サッカー殿堂入りを果たした。
 さらに、政治家としての経歴は、
1946年に貴族院勅選議員を務めるも日本国憲法施行による改組のため翌1947年に参議院議員に転じ、1951年には通産大臣に就任した。また財界人としては、1947年に日本商工会議所会頭に就任した。

  
高橋邸18 高橋邸19
高橋邸23 高橋邸20
当日は嵯峨御流の華道展示会がありました。
高橋邸21    高橋邸22
 

 離れには、「止談風月無用者可入」(ただ風月談じるなら、用事がなくても屋敷に入りなさい)という墨書の看板が掲げられているこの離れは、11組限定(定員10人)の宿として利用されています。
高橋邸24 高橋邸25
高橋邸26 高橋邸27 高橋邸28
高橋邸30 高橋邸31
高橋邸32 高橋邸33 高橋邸29

 1泊、朝食(840円)付きで大人一人利用5,565円、二人使用は一人5,040円です。(素泊まりは一人4,725円二人利用で一人4,200円)。八日市・護国の町並みや商店街を散策しながらゆっくりとした時間を過ごしてはいかがでしょうか。

お問い合わせは、高橋邸 0893-44-2354 まで

by 「ひとりしずか」 でした。


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